義母の命日

昨日12月11日、夕食の時間、家人が「今日は母の命日」だと言うのです。あとで言いに行ったのですが、お墓参りに行こう、と。もう何年も実家に帰ってないのです。帰りに義兄の家にも寄って来ようと。
どうも、その気が無いようです。本当に出不精なんだから。

自分の母の命日は覚えている。4月23日。
その当時の東光展の初日でしたから余計忘れない。78歳でした。その頃の女性の平均寿命が83歳でしたから、もう少し生きていてもらいたかった。考えてみると母の年齢までに自分がなっているのです。父は59歳でした。

自分は何となく80歳ぐらいで死ぬかなと思って来ました。体力は落ちたけど、何処も悪くない。この分だと90ぐらいは生きそう。アナウンサーの小倉さんが77歳で9日にお亡くなりになった。僕より一つ若い。中山美穂さんは54歳だったという。最近有名人の訃報の年齢が気になる。

6日に小学校のクラス会がありました。
若くして亡くなった同級生の思い出が出ました。名簿を持って行ったので、一人ひとり名前を読むと、意外と若くして亡くなっているのですね。クラスの道化役を演じていた山崎君。エノケンというあだ名でした。途中から千葉にあった養護学校に行っていた。体が弱かったから、と、自分で言いながら涙が出て来たのです。実は、母一人の家庭で、バーで商売に専念する為に養護学校に預けられたと聞いていたから。卒業して、一番早く亡くなった。伝書鳩の小泉君。野球の伏木君。絵が上手かった遠藤君、などなど。意外と若いうちに亡くなっているのです。
参加の一人は、僧侶になった鈴木君。特別な親友なんですが、坊主だから長生きしそうと。坊主がいるからか、話題がひとしきり墓の話に。勢い身体のこと、健康の話ばかりに。来年は11月の第一金曜日。また同じような話しになるのでしょう。

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